「愛があれば戦争なんか起こりません」
そんな言葉を遺して、美輪明宏さんが旅立った。
ニュースで見た人も多いことでしょう。
シャンソン歌手として、俳優として、『もののけ姫』の声優として、いろんな顔で記憶している人がいるはずですね。
「愛があれば戦争なんか起こりません」という、この言葉だけ聞くと、凄くシンプルに聞こえますよね。
でもなんでこの言葉に重みを感じるのでしょうかね?
凄みと言ってもいいかもしれませんね。
美輪明宏さんが生きて、語ってきた言葉だからこそ、そう感じさせるに違いないですね。
今日は、美輪明宏さん本人が語った言葉だけを集めてみることにします。
愛について、感謝について、そして平和について。
最期のメッセージとともに、振り返ってみようと思いました。
美輪明宏が遺した最期の名言。「愛があれば戦争なんか起こりません」
まずは、その最期の言葉から振り返りたいと思います。
美輪明宏の直筆メッセージの全文と、その時の状況
2026年6月20日午前9時30分、美輪明宏さんは老衰のため91歳で永眠されました。
公式な発表があったのは6月28日のことです。
約3ヶ月前から体調を崩し、自宅で静養を続けていたそうです。
生前にしたためていた直筆のメッセージが、公式サイトで公開されました。
「こんな世の中を生き抜く武器は愛の言葉しかありません この世のすべての問題を解く鍵は愛です 愛があれば戦争なんか起こりません 美輪明宏」
最後に「美輪明宏」と、自分の名前で締めくくられていますね。
(出典:Yahoo!ニュース(日刊スポーツ配信))
長く愛と平和を語り続けてきた人が、その人生の締めくくりに選んだ言葉でした。
最期の一言は「ありがとう」だったこと
公式発表によると、最後は「ありがとう」と一言、感謝の言葉を伝えて、静かに目を閉じたとのことです。
告別式には、本人が好きだった黄色いバラが飾られたそうですよ。
棺には、ファンからの手紙も納められたと伝えられていますね(出典:Yahoo!ニュース(オリコン配信))。
派手な人生を生きてきた人の、静かな幕引きだったのかもしれません。
美輪明宏の名言でたどる「本物の愛」のかたち
美輪明宏さんは、愛についてもたくさんの言葉を残しています。
それを見てみましょう。
美輪明宏が語る恋と愛の違い。
美輪明宏さんは、恋と愛は違うものだと語っていました。
「恋をしている時は相手を独占したい、自分の思い通りにしたいと思うもの」
「恋とはさように、自己本位なものです」
恋はいつか必ず冷めるものだとも言っています。
一方で、愛についてはこう語っていました。
「見返りを求めず、相手本位なのが『愛』です」
求めるか、求めないか。
その違いだけで、恋と愛はまったく別のものになるんですね。
(出典:婦人公論「ごきげんレッスン」第19回)
愛が移ろった後に始まる「人間愛」という日常の修行
ただ、美輪明宏さんは「愛も、移ろっていく」とも語っています。
恋も愛も、いつか形を変えていくということなんですね。
その先にあるものについて、こう言葉を残しています。
「その後には日常という修行が始まるのです」
「情とは人としてのやさしさであり、いたわりの心であり、人間愛です」
恋愛感情がなくなった後も、思いやりを持って人と接すること。
それこそが、本物の愛なのかもしれません。
美輪明宏の名言にある、当たり前の中の感謝
美輪明宏さんは、感謝についても多くの言葉を残していますよ。
感謝は、生きていくために最も必要な気持ち
「感謝は人が生きていくために最も必要な気持ち」
「ありがたいとは、『有り難い』。当たり前だと思っていることが、実は有り難いのだと気づいたら、自ずと感謝の念が湧いてくるはずです」
当たり前だと思っていることほど、実は当たり前じゃない。
そう気づくことから、感謝は生まれるんですよね。
(出典:婦人公論「ごきげんレッスン」)
歩ける、読める、聞こえることへの感謝
具体的に、こんな言葉も語っています。
「歩ける、読める、聞こえるといった当たり前のことに感謝できると、幸せの数も増えていきます」
歩けること。
読めること。
聞こえること。
ひとつひとつ数えていけば、幸せはいくつでも見つかる。
そういうことを、伝えたかったのかもしれませんね。
美輪明宏の名言を生んだ、被爆体験と平和への想い
これらの言葉の重みには、戦争体験が関わっていると思います。
10歳で見た、長崎の「地獄」
美輪明宏さんは、長崎で被爆を経験しています。
「被ばくしたのは10歳のとき。爆心地から3.6キロでした」
当時のことを、こう振り返っています。
「静かな夏休みの朝、宿題の絵をかいていました。出来上がりを確かめるため、後ろへ2、3歩下がった途端、ピカッ。100万個のマグネシウムを炊いたような光が」
その直後には、「幾千万もの雷が同時に落ちたようなすさまじい爆音」を経験したそうです。
爆心地に入った数日後には、「冷たい水に浸かったような寒さで震え出し、底の知れない恐怖に泣き出した」とも語っています
(出典:TOKYO HEADLINE)。
10歳の子どもが見た光景としては、あまりにも重いもの、重すぎるものですよね。
「愛があれば戦争なんか起こりません」という言葉の重さ
この経験があったからこそ、最期に遺した言葉には重みがあるのだなと思いました。
「愛があれば戦争なんか起こりません」
ただの理想論として語ったわけではないんですね。
地獄を見た人が、それでも愛を信じ続けた。
その積み重ねの上にある言葉だったんだと思います。
美輪明宏さんの言葉が、これからも語りかけてくれること
美輪明宏さんが遺した言葉を、ここまで集めてみました。
愛は見返りを求めないものだと言った。
感謝は、当たり前のことに気づくことから始まると言った。
地獄を見た人だからこそ、愛があれば戦争は起こらないと言い切った。
どれも、誰かに教えるために作られたただの論理的な言葉じゃない。
自分が生きてきた中で、見つけた言葉なんだと思うのですよ。
最期の一言が「ありがとう」だったというのも、なんだか美輪明宏さんらしいじゃないですか。
その人らしい言葉を、また何かの折にふと思い出すことがあるかもしれません。
ご冥福を心よりお祈り申し上げます。
どうぞ安らかにおやすみ下さい。
それではこの辺で。
ここまで読んで頂きまして誠にありがとうございました。
嬉しい楽しい、ついてます。
感謝
泉水善光
